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2016年11月14日 (月)

この世界の片隅に

20161114_konosekaino_katasumini


2016年12月7日 3時10分 作成
この世界の片隅に見てきました。

私は109シネマズ大阪エキスポシティで見たのですが、
珍しくテアトル梅田でも上映している作品ですね。
テアトルシネマグループでも上映していると言うだけで泊が付く気がします。
そんな泊を持ってるテアトル梅田で出来れば見たかったのですが、
色々巡り巡って109シネマズ大阪エキスポシティになりました。

最近何となく思っているのですが、
109シネマズ大阪エキスポシティは
IMAX以外のシアターの音響が少々残念な気がします。
収容空間に対して音圧が少し足りてない様な気がするのよね。
映画館専用棟なので音の振動とか気にしないでも良い筈なのに、
なんで絞ってるんだろうか。
梅田ブルク7に慣れ過ぎましたかね…。

さて、では中身についてネタバレ有りで触れていきます。

東京テアトル株式会社配給作品じゃないですか!!
誰ですが、テアトル梅田「でも」上映してるとか言ってたのは。
正確には109シネマズ大阪エキスポシティでも上映してる作品ですね。
東京テアトル株式会社配給作品がテアトルシネマグループ以外で上映されると言うのはそうそう見掛けない事なので、
109シネマズ大阪エキスポシティさんは粋な事してますね。
良い仕事です。

戦中・終戦の話と言う事は知っていたので、悲しくなければ良いけど無理だろうなと半ば諦めていました。
他には出来れば説教臭くなければ良いなとも思っていました。
これについてはどっちに転ぶか全然予想が付かなかったので、どちらに転ぶか楽しみにしていました。
ただ「説教臭くなければ」と思っている時点で既に説教臭い事を意識してしまっていた様で、冒頭を結構穿った感じに見てました。
でもそれも数分だけでした。
冒頭数分見ただけで分かる「あ、信じて良い作品だ!」と言う印象に、姿勢を正した気がします。

頭が垂れたなんとも言えない姿勢になんとなく作画崩壊感を抱いたのですが、
10分経たずにそんな感情が無くなりゆったりとした温和なすずさんの世界に吸い込まれていきました。
まさか作品最後まで頭垂れてるとは思いもしませんでしたよ。
それこそ子供と右手を失った辺りで全然頭垂れなくなったんですよ。
凛とした風格すら漂う様は当時の闇を感じざるを得ませんでした。
ピークは焼夷弾の所でしょうか、最早別人にしか見えませんでした。
一時は其処まで豹変してしまったのですが、最後には頭垂れてるあのすずさんが戻ってくるのですよ。
あの何とも言えない照れ方で微笑んでくれるんですよ。
妙に頭の垂れた姿勢と脳裏に焼き付く照れ方は癒しですね。

登場人物はそんなに多くないと思うのですが、所々で男性側の区別が出来無くなってしまいました。
その後の流れから「さっきの人とは別人か…、じゃ誰?」とか考えなながら見ていて、
登場してから人物特定迄に妙に時間が掛かってしまいました。
初見だからなだけで、2回目見たらすぐに区別付くと思うんですけれどね。

西瓜食べてた座敷童さん、あれどういう伏線?
人攫いの時に出会った男の子は最後の最後に伏線回収してるけれど、座敷童さんは特に放ったらかしな気がします。
気付いてないだけかしら。

時間が過ぎる毎に現在年月日が表示されてましたが、あれは終戦何年前とか意識して見てた方が良かったのですかね。
時期はあんまり意識して無くて基本流してたんですよね。
普通何年何月何日表記なのに新型爆弾投下の日だけあれから何日後と相対指定だったのですよね。
あれなんででしょうか。
あれからの「あれ」が何月何日だったのか流し見だったので反応が遅れてしまいました。
初めて日時がぼかされたので何となくその日なんだろうなと思いながら見てましたが…。

閃光から地震発生迄の間に間が有るののが妙にリアルだったのですが、
あれ多分ちゃんと計算して(もしくは資料をあたって)るのでしょうね。
あの当時から地震自体には全然慌ててないのはそういうものだったのでしょうか。
西日本はあんまり地震起きない思うのですが、日本ならやっぱり日常茶飯事ですかね。

映画自体が泣かそうと言う造りでは無いのですが、とても涙腺に来る所がありました。
終戦して電灯を包んでいた布を外していく所からの一連の流れで、最後に夜景が綺麗に描かれている所です。
今でこそ戦争を続けない事がどれだけ良かったのか知っていますが、当時の敗戦が人々にどう映っていたのかは分かりません。
想いがどうだったのかはもう歴史でしか無いのですが、少なくともこういう光景は見えたんだなと思えました。
其処此処に光が在ったんだなとそう思った時にもう涙腺が決壊しそうで危なかったです。

そんな希望の光に当てられて感動している中、家から湯気が立ち上る場面で物語が終わります。
この終わり方も良いですね。
出来れば炊事の煙が良かったですが、もうこの際些細な事は良いです。
家から煙が立ち上るというのは生活感を出す上で必須とも言える表現です。
その場面でフェードアウトしていくのですから「あぁこれから日常が続いていくんだな。」と前向きな今後を想像出来ました。
そもそも劇中の登場人物は、特に女性は誰一人として日常を諦めてなんていないのですけどね。
調味料が無くなったら食べていけないから食べていく為にはお金を工面するし、
まだまだ生きていくから祝い用の白飯は全部食べない。
日常は終わらず続いていくし、子供は育っていく。
困った様な照れた様な顔をしながら妙に頭の垂れた姿勢で時は過ぎていくんだろうなと思えます。
スタッフロールの後日談も今後を想像する上で重要ですけど、やっぱり本編の終わり方が一番映えている様に思います。

とても良い映画でした。
とても良い映画だったが為にクラウドファンディングの支援者になっておかなかったのが妙に悔しいです。
私はクラウドファンディングしてた当時にサイトにアクセスしているのですよね…。
でも、「『戦争もの』はまぁ…良いかな。」とちゃんと内容を見てから判断したのですよね。
当時クラウドファンディングにて支えた方々には只々敬意しか抱けません。

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